建物は唯の箱ものではないと思う

建物が、唯の箱ものから家に変わるのは多くの人の手を経て初めてなると思う。

建物は唯の箱ものではないです。正確に言うなら、建物が建てられたばかりの時は唯の箱ものといっても良い建物だと思う。

しかし、そこに働く人が育て、苦しみ・悲しみなどの使う人のの思いが詰まって建物が家へと変化していくのだろうと思う。

それを、感じたのが建設現場で働いていた時のことだ。その現場は、昔の趣のある和風建築だった料亭の建物をコンクリートの味気ない建物の建て替えようとしていた。

今考えると、防災上の問題や耐震基準等を考えての建て替えだったと思うが若い私にはなんでこんな趣のある建物をわざわざ鉄筋コーンクリートの味気ない建物に変えるのだろうと不思議でならなかった。出来上がった建物も中や外見だけ見れば和風の建物だが造った現場にいただけにそれがいかに薄っぺらいものであるかわかるだけに綺麗ではあるが前の趣のある建物に比べて軽く感じてしまった。しかし、何年かしてその料亭に食べにいった時、なんとも言えない歴史の重さを感じた。

確かに、そこは私が働いた建設現場で内装等綺麗に建て替えた時とそれ程、年月も経っていない。

しかし、そこには多くの人の喜び・苦しみなどが詰まった家と言えるものへと変化していた。

確かに、ここは料亭で家ではない、しかし、多くの人の苦しみ・喜びなどの詰まったものをいえとするならそこは紛れも無く家と言えるものだった。